それは潜水と似ている
私が守る人なんだと思っていた。あの人は、私が守ってあげなくちゃいけないんだと、妙な使命感を持っていた。
戦闘の時はもちろん、学園でもあの人を守るのは私の役目なんだと何ら疑いを持っていなかった。そのために、私は今ここにいるのだと錯覚すらしていたかもしれない。この学園に来たのは偶然ではなく必然、あの人が私を導いたのだ、と。
しかしそれは私のエゴでしかないのだと、たった今思い知らされた。彼は私の腕の中ではなく、別の誰かの腕の中にいたのだから。その腕の中で、彼は私たちには決して見せない、仮面の下の素顔を晒していた。口元に、花のような笑みすら浮かべて。それがどんなに私を追い詰めたかなんて、彼は知らない。知ろうともしないだろう。そう考えて、自分の惨めさに涙がにじんだ。
浅ましいことだとはわかっていたけれど、私は陰からそっと二人のことを窺っていた。相手の男の方は光の加減で判断できなかったが、背は彼より若干高く、しなやかな身体を持った青年だった。
彼はその男と、深いキスを交していた。愛し、愛される者同士の証明であるそれは、私にはあまりにも眩しすぎるものだった。
人目を気にする二人の逢瀬は、酷く儚げなものに思えて、そこには他人が入り込む隙間なんてなく。私はその儚くも美しい光景に光惚こそすれ、不思議と、軽蔑の念は抱かなかった。
名残惜しげに口唇を離すと、男は二言三言、彼に言葉をかけ、その場から離れていく。私はその姿をちらりとも見ず、彼だけを視界に入れていた。彼は去って行く男の方ばかり見ていたというのに、何とも馬鹿馬鹿しいことだけれど。
気付けば、自然と足が彼の方へ向いていた。行きたくない、顔を合わせたくない、という心とは裏腹に、彼の元へ進む足はもはや自分のものではないようで。彼に自分は何と言うつもりなのだろう。護らせてくださいとでも言うつもりか。
「ゼロ…」
「学校ではルルーシュだ」
「…ルルーシュ、」
先ほどの焦がれるような視線が、私に向くことが許されるはずもなく。いつもの、感情の読めない深いアメジストが短い訂正をしただけだった。
少し躊躇ったあと、意を決して彼の名前を呼ぶ。たとえそれが彼の本当の名前であったとしても、私には、それはただの音の羅列としか思えなかった。
「何だ。珍しいな、お前から話しかけてくるなんて」
彼はそういって、少しだけ弱ったような顔をした。私がなぜ、突然彼に話しかけたのか、彼には全てわかってしまったに違いない。聡い彼に隠し事はできない、と改めて感じた。
「私は、貴方の何…?」
「友人だろう」
彼は、私のたった一つの希望すら容赦なく打ち崩す。それはいとも簡単に。幼い子供が、長い時間をかけ積み上げた積み木を崩すように。あっさりと私の望みを断った。
けれど、簡髪入れずに切り返した彼の瞳は、私にはどこか寂しげに見えて。
「…ッ、ゼロ、私は貴方の…!」
「ゼロにとっては、大事なエースパイロットだ」
それは私が望んでいた答えと良く似ている。だから錯覚しそうになる、彼が私を望んでくれている、のではないかと。そんな夢想、欠片も存在しないというのに。
彼はふっと力が抜けたように微笑むと、「ごめん、」という小さな懺悔と、呆然と立ちすくむ私を残し、足早にその場から去って行った。彼の往く方向は、先ほど彼の口唇を奪っていった男と同じ方向だった。それが私にはとても残酷なことに思えた。
「…私は、貴方の、」ナイトになりたかった。
私の呟きが彼に届くことは、多分、きっと、一生無い。
(07/02/26)