ever never crazy
「はぁ?何言ってるんだお前。」
「いや、ルルーシュはやっぱり狂ってるなぁと思って」
「…意味がわからない。」
だって狂ってなかったらできないよ。好きでもない人間に抱かれるなんて。(好きの定義
は人それぞれだけども。僕には到底わかりそうもない。)それも一緒に幼少期を過ごした幼馴染の僕に抱かれるなんて。あの頃の僕らは今のこの状況を予測していただろうか。少なくとも、幼かった僕はルルーシュへの親愛の情はあれど、欲情するということはなかったはずだ。僕は狂ってしまったのだろうか。彼は狂ってしまったのだろうか。
(狂わせたのは僕なのだろうか。)
ベッドに寝そべっているルルーシュは、僕のことなんてさして気にも留めず本を読み続けている。馬鹿な僕には難しすぎるその本も、ルルーシュにとっては絵本同然なのかもしれない。「それ面白い?」とどうでもいいことを尋ねれば、ルルーシュはきっと少しだけ僕のことを気にして、でもすぐにどうでも良さげに返事をしてくれるんだろう。「特に面白
くもない。」と。
この本を読むという行為自体が、自分の心を落ち着けるための儀式みたいなものなのだと仮定することにする。その空間に入れてくれることほど幸福はないと僕は思っているんだけれど君は気づいていないんだろうね。
「ねぇルルーシュ、」
ルルーシュが窺うよう視線だけをこちらに移動させると、長い睫毛がふるふると震えた。美しい、と思う。その恐いほど白い肌も、血のように真っ赤な口唇も、全てを飲み込んでしまいそうな漆黒の髪も。そんなことを面と向かって告げさせてくれるような彼じゃないことは僕が一番わかっているのだけれど。
ルルーシュに告げようとした言葉はルルーシュ自身が口を開いたことによって遮られてし
まった。
「君って、」
「また俺がおかしいとかいう話なら聞かないからな。」
狂ってる、と言おうとした言葉を慌てて飲み込む。別に悪い意味で言おうとしたわけじゃないけれど、ああ釘を刺されちゃやっぱり言い出しにくいじゃないか。
(それでも言ってしまうのは、君が心配だからなんだって、君は気付いてる?)
「ねぇルルーシュ、いい?」
と唐突に問えば、仕方ないな、という風に目を伏せたあと、読んでいた本をぱたりと閉じベッドサイドに置いた。その言葉だけで僕の望んでいることをすぐに理解し、それを実行してくれる。そこにあるのは愛なんてあまったるいものなんかじゃなくて、もっと淡々とした義務のようなもの。友情の延長といった方が正しいのかもしれない。ルルーシュは僕がルルーシュを抱くのをただの友情と思っているだろうし、ルルーシュも友情の延長とし
て僕に抱かれているんだと思う。僕が本当は彼のことをどう思っているかなんて考えたこともないだろう。僕がどれだけずるいことをしているかなんて知るよしもないのだろう。
ルルーシュは一度身を起こすと、おもむろに着ていた白いシャツのボタンを外し始め、全て外し終えたところで勢いよくベッドに沈んだ。その様子を食い入るように見つめていた僕は、視線だけをこちらに投げ掛け、早く来い、と僕を呼ぶ紫暗の瞳に吸い寄せられるようにしてルルーシュに覆い被さった。耳たぶを甘噛みし舌を這わせると、だんだん堪え切れない小さな啼き声が部屋に響き渡り始める。
「やっぱり、ルルーシュはおかしいよ」
「だからっ、ぁ、どうして…っ、」
素肌を直接撫であげながら独り言のように呟いただけなのに、びくびくと震えながらもいちいち返事をするルルーシュが面白かった。浅い吐息は欲に染まり、真っ白な肌は赤く色付き始め、目にはうっすらと涙が溜っている。この姿を見て欲情しないわけがない。僕はルルーシュのことが好きで抱いてるんだから。どんな方法であれ好きな人を手に入れたいって思うのは当然のことじゃないか。それが幼馴染で、しかも男であったって。
でもルルーシュは違う。彼の僕に対する感情は友情であって愛情ではない。(僕はそれを知りながらルルーシュの甘さにつけ込んでいるだけだ。“友人”である僕を決して拒絶し
ない彼の優しさをよく知ってるからこその卑怯な方法。友情と愛情の微妙な均衡をはかっているだけだ。)だから彼は僕が彼を抱こうとしたら拒むべきなんだ。ふざけるなと罵声を浴びせて、気の済むまで殴った後警察に突き出せば良かったんだ。そうしていたら僕は二度と近付けなかっただろうし、もしかしたらこの世からいなくなっていたかもしれないのに。それなのにルルーシュは僕を拒まなかった。それどころか受け入れた。今と同じ、少し気だるげな表情はしたものの、僕の欲望も熱も全て受け入れてしまった。
そしてルルーシュは今も僕が求めれば好きなだけ抱かせてくれる。もちろん僕も無理はさせないし、できるかぎり負担はかけていないつもりだ。受け身の方が身体的苦痛や疲労が大きいのもわかっているし。
だからこそ、そこまでして僕に抱かれるルルーシュは狂っているんだと思う。ルルーシュ
にとってメリットどころかデメリットしかないような、何も産み出さない行為を続けて何の意味があるのだろう。何を考えているのだろう。
「く…、んぅ…っ、」
何度体を繋げてもルルーシュは慣れるということを知らないようで、今も声を漏らすまいと必死に唇を噛んでいる。真っ赤に熟れたそれは、強く噛みすぎたせいか、血液が廻っていないようで色を失っていた。その唇に舌を這わせ、割れ目から無理矢理押し開いていく。彼の唇に己のそれを重ね合わせながら舌で歯列をなぞってやると、彼の体からくたりと力が抜けたのがわかった。そのまま舌を差し入れて彼の口腔内を互いの息が苦しくなるまで思う存分味わい尽くす。唇を離すと互いの唾液と生理的な涙でぐちゃぐちゃになったルルーシュが、とろんととろけた瞳で僕を見ていた。罪悪感と少しの欲望が体中を電気のように駆け巡るのを感じ、僕はルルーシュから顔を背けた。
ルルーシュはこんな風に口付けるのも友情の一環だと思っているのだろうか。だとしたらよっぽどの馬鹿か狂っているとしか思えない。
「ルルーシュどうして、」
「は、ンぅ…っ?」
「どうして僕を拒まないの?」
拒んで欲しかったわけじゃない。でも受け入れて欲しかったわけでもなかった。最初に彼を抱いた時、僕はこれで最期だと思っていた。言葉を交わすことも、家へ遊びに行くこと
も、きっと関係を断たれると思っていたから。だから終わった後、「夕食は食べて行くのか?」と聞かれた時は驚いた。まさかこれまでと同じように接してもらえると思っていなくて、困惑もしたけれど。その後はずるずるとここまで来ていて、今では週一ほどのペー
スで彼を求めるようになっていた。
「言ってる意味がわからない。」
「だから…、なんであの時、僕を受け入れたんだよ…ッ!あの時拒んでいれば、君は今頃そんな苦痛を強いられることもなかっただろう!?」
「……。」
知らず知らずの内に語調がきつくなっていた。おまけに涙まで頬を伝っているようで。シーツにぽたり、ぽたりと染みを作っていった。きっと今の僕の顔はルルーシュよりぐちゃぐちゃだ。その情けない僕の顔を少し驚いた様子のルルーシュの瞳が覗き込む。(それはとても不安定な色をしていた。)僕は昔から泣き虫だったけど、ルルーシュがこんな風に間近で僕の泣き顔を見たのは初めてなはずだ。
「違う、だろ…」
「え…?」
「お前が俺に言うのは、そんなことじゃないだろ…!?」
世界がぐらりと傾いで、気がつくとシーツに頭を押し付けられていたのは僕の方だった。そのまま僕の体の上に跨ると、ルルーシュは呆然としている僕の顔を覗き込み、深く口付けてきた。簡単に侵入を許した舌が絡み合う。互いの唾液が混ざり合う音がしんと静まりかえった部屋に響いた。気が済んだのか、ルルーシュが僕からゆっくりと唇を離そうとする。
(その名残惜し気な顔を見て、僕は全てを理解した。)
その唇を追って今度は僕からついばむようなキスをしかけた。ルルーシュの後頭部に手を添え、何度も、何度も。ようやく僕から解放されたルルーシュは、力が抜けたように転げ落ち、僕の隣に横たわった。僕はその手を握り締め、耳元で囁くように尋ねた。
「ねぇルルーシュ、」
「…何だ。」
「好きだよ」
「…知ってる」
「ルルーシュは?」
「…。」
予測していた通りルルーシュは黙り込んだ。僕が握っていない右手で目元を隠す。けれど丸見えな頬は赤く染まっていて、きっとこの色はキスの所為だけではないはずだと思っ
た。
(07/01/05)