いのちの条件

憎しみが失せた、と彼は表現した。今まで振りかざしていた大義名分を全て切り捨てて、今自分の目の前に広がる現実を信じるというのだ。純粋に馬鹿だと罵って笑ってやろうとしたのに、頬の筋肉が張り付いたように動かない。
たとえ明日長年の術のせいで残りわずかな彼の命の灯火が消えてしまうと知っても、彼は今と同じ無表情なままにちがいないと思った。不公平だ。自分は彼の死を嘆き悲しむことも容易に想像がつくというのに。たかが一方的に首領に任されただけの少年の命が一つ消えるだけ。それがどうしてこんなにも自分の胸を締め付けるのか。自分にとってはどうでもいいはずだった少年が目の前からいなくなるだけのことが堪えられないのだろうか。今までだって目の前で仲間が死ぬ場面なんて何度も見てきているはずなのに。
不意に目前が真っ暗になった。あるいはそれと同じほどの闇に囚われた。どうしようも無いほどの恐怖に駆られたのだ。そして愛おしさを感じた、ある意味恐ろしく純真無垢なこの少年に。どこまでも真っ直ぐで真っ白なままな彼が、なぜ自分の存在を否定するのかを、付き合いの浅い自分が知る術は無い。(知りたくも無い。)彼がどのような経緯でそこに到ったのかなんて。
自分の生を消すこと。ただひたすらに自分の存在を無にするためだけに生きた彼の、最初で最後の生きた証。

(06/11/01)