憧憬の念に込めた嫉妬
やはりそう、彼はいつも自分ではなく別のものに夢中だ。それは例えば彼の愛刀の六幻であったり、任務であったり、はたまた睡眠時間であったり。それは時と場合に応じて臨機応変に対処する。
それが今回はたまたまこの仔猫であっただけで。全くもって謎なのだが、どこからか入り込んだこの仔猫は今、彼の心を掴んで放さない。大事そうに優しく膝の上に乗せ、見たこともないほど優しい手つきで滑らかな背中を撫でている。あんな手つきで背中とか頭とか撫でられてみたい、と願う前から終わった願いを心の中でひっそり唱えた。
(せっかく一緒にいられる時間ができたというのにこの邪魔者はなんなんだ!)
そんな自分の葛藤にも気付かず、いつもは無表情に近い仏頂面の口元を綻ばせて笑ってすらいる神田。憎くも愛しい表情に、消えることのない憤りとくるおしい程のめまいを覚えた。
「神田ぁ」
やっと絞りだした彼を呼ぶ声も軽々と無視されて、とうとう自分には何もできなくなった。そんなにその小さな生き物がいいのか。彼の手のひらに収まるサイズが魅力なのか。仔猫はまるで自分など端から相手にされていないという現状をつきつけるかのように、彼の膝の上で「にゃあ」と鳴いている。
「僕も小さく産まれたかったなぁ」
「あぁ?何言ってんだてめぇ」
だってそしたら神田に抱き締めてもらえるじゃないですか。
そう言うと彼は不審そうに眉間に皺を寄せた。いつも異常に不機嫌そうに、意味がわからない、と。しかし次の瞬間意味を理解したのかその小造な顔をかぁっと赤く染めた。
(綺麗だなぁ)
その様子をただ何も考えずにぼーっと見ているとなぜか彼にきつく睨まれた。怒っているのか困っているのか、再び眉間に皺が寄っていたけれど。
存在を忘れ去られた仔猫が抗議の声を上げた。にゃあ、こっちを見てくれよ、と。その声にふと我を取り戻すと、彼の視線はまた仔猫のいる膝下へと落とされる。そして彼はまた仔猫を撫で始めた。しかし今度は自分のことをちらちらと窺いながらで。先ほどとは大きく違う感情に気付いたのか、仔猫が小さく鳴いた。
とりあえず今は譲ってあげますよ、そのポジションは。
挑むところだ、とばかりに、小さなライバルは今度は大きく鳴いた。
(06/07/17)